こんにちは!
皆さん、
歌舞伎はご覧になったことはありますか?

歌舞伎劇場
日本の伝統芸能である歌舞伎、
名前は聞いたことのある方がほとんどだと思います。
そんな歌舞伎の歴史は、
京都で始まりました。
江戸時代初期に京都で始まった歌舞伎は、
約400年の歴史があり、
当時から庶民の人気を得てきました。
その歌舞伎について、知れば知るほど面白かったので
ご紹介したいと思います。
今回ご紹介する内容は、
①歌舞伎は、400年の歴史がある伝統芸能
②江戸幕府が公認した歌舞伎劇場は、7つあった
③現在残るのは、南座のみ
1:400年の歴史、京都の北野天満宮で始まった歌舞伎
①出雲阿国が、京都の北野天満宮で始めた歌舞伎
歌舞伎としての歴史は、
400年前の京都にさかのぼります。
出雲阿国が、
北野天満宮で「歌舞伎おどり」を
始めたのが始まりとされています。

京都の北野天満宮
歌舞伎は、
「かぶく=異様な振る舞いや風俗を指す」というのが語源です。
出雲阿国が京都の北野天満宮で始めたものが、
いろいろなところで真似され、
盛んになっていきました。
②当時は女歌舞伎や遊女歌舞伎が流行ったが、禁止され、野郎歌舞伎へ
北野天満宮で始まったとされる歌舞伎は、
少しずつ広まります。
始まった当初は、
女歌舞伎や、遊女歌舞伎が盛んになりましたが、
幕府の風俗取締りによって禁止され、
その後は、青年男子による、
「野郎歌舞伎」として変わっていきました。

歌舞伎
京都から始まり、
大阪・江戸の3都市で主に広まった歌舞伎。
徐々に人形浄瑠璃や
能の様式も取り入れられ、発展しました。
2:幕府公認の京都に歌舞伎劇場は7つあった
①1893年(明治26年)まであった歌舞伎劇場「北座」
幕府公認の歌舞伎劇場は、
京都の四条河原に
当初は7箇所ありました。
上方歌舞伎で活躍していたのは、
元禄歌舞伎を代表する役者で、
近松門左衛門による脚本を多く上演しました。
京都の歌舞伎劇場は徐々に減っていき、
幕末には
四条通を挟んで北側の北座と
南側の南座のみとなり、
1893年(明治26年)に「北座」も無くなりました。
②現在残る歌舞伎劇場は、「南座」のみ
幕末に、
北座が無くなってからは、
京都の歌舞伎劇場は、南座のみとなり、
現在は、松竹の傘下になって存続しています。
そんな南座で毎年行われてきたのが
「顔見世(=かおみせ)」
毎年11/30~12/26まで行われてきた歌舞伎興行で、
南座正面に掲げられる「まねき(看板)」は、
京都の師走の風物詩となっています。
旧暦の11月の初めに擱座の新しい顔ぶれが舞台で口上を述べる興行を
「顔見世」
と読んだことに由来します。
京都の歌舞伎劇場に限らず、
東京など各地で顔見世興行は行われています。
3:京都で歌舞伎を見るなら南座へ
①四条河原町はアクセス抜群。近くに花街もあり、京都を楽しめる。
京都で唯一の歌舞伎劇場である、南座。
南座は、京都の四条河原町駅近くにあります。
四条河原町周辺には、
「京都の花街」もあったり、
京都五社の1つである「八坂神社」もあり、
京都観光には欠かせないエリアです!
歌舞伎鑑賞と共に、
京都の四条河原町周辺で
京都の街歩きもぜひ楽しんでみてください!

京都の歌舞伎劇場「南座」近くの花街、花見小路
以下の知識だけでも知ると、
京都観光が楽しくなります!
①歌舞伎は、400年の歴史がある伝統芸能
②江戸幕府が公認した歌舞伎劇場は、7つあった
③現在残るのは、南座のみ
ここまで読んでいただきありがとうございました!
それではまた!