こんにちは!
京都の織物と言ったら
「西陣織」を想像される方も多いはず。

京都の西陣織
京都随一の織物として日本人なら名前を聞いたことのありますよね。
そんな西陣織の名前の由来はご存知ですか?
僕も本で調べるまでは全然由来を知らなかったのですが、
西陣織の名前の由来は、
京都で起こった有名な、
「応仁の乱」となっているそうです。
この記事では、
その西陣織について
深掘りしていきます。
1:西陣織の名前の由来となった西陣という地名は京都にない?
①応仁の乱の後に発展した西陣織
室町時代に起こった「応仁の乱」
その応仁の乱では
幕府は2つに分かれ、
西の山名宗全と
東の細川勝元に分かれました。
応仁の乱では、
1467年から始まり、
それ以来、約10年間続きます。
応仁の乱の後、
その西の「山名宗全」が陣地をとったあたりが、
西陣と呼ばれるようになりました。
戦乱の以前から織物の街として栄えていた西陣エリアは、
戦乱後になると、
戦乱中に離れていた職人たちも戻り、
織物づくりを再開し、
西陣織は、発展していきました。
②あるエリアを指し、西陣という行政区はない
応仁の乱後に発展した西陣織、
その発展した場所である「西陣」は、
実際には、
行政区としての地名はありません。
多くは、
京都市の北西部に位置し、
南は丸太町通、
北は上賀茂
東は烏丸通、
西は西大路通
これらに囲まれたエリアを指します。
(GoogleMapだともう少し狭い範囲が出ます)
西陣の名前の由来といい、
実際に地名としての行政区はないことであったり、
京都の歴史は知れば知るほど面白いです。
2:京都で昔の街並みの雰囲気が残る西陣エリア
①京都の西陣織を知る
西陣織とは、
多品種少量生産が特徴の京都(西陣)で生産される
先染めの紋織物の総称とされています。
※先染め(=織る前に糸をあらかじめ染めておくこと)
品種は全部で12種類あります。
②西陣エリアで京都の街歩き
西陣織の産業が盛んな西陣エリア。
京都市の北西部にある西陣では、
街歩きも楽しめます。
京都の町屋は、
数が減ってきていることもあり、
見られる場所が減ってきているそうです。

京都の町屋の見れる、上七軒
【京都】町屋を知れば京都観光が楽しくなる理由3つ
西陣エリアには、
西陣会館近くの考古資料館の前に
「西陣碑」もあり、
京都の西陣を訪れた際には、
ぜひ探してみてください!
それではまた!